
感性のフィルターを通すことの意味。心を引き寄せた1枚のブラウス|和菓子作家 坂本紫穗さん
その人らしい装いはどのようにして生まれるのか——自分らしい生き方を確立している方たちのライフスタイルとお気に入りの一着との関係性を紐解く連載『私を語る一着』。第2回にご登場いただくのは、和菓子作家の坂本紫穗さんです。
坂本さんの作品は、たとえば一期一会を重んじるお茶会に相応しい、四季折々の瞬間を切り取ったかのように儚げな上生菓子。周囲の自然や事象からご自身が感じた印象を形にした和菓子は、独創的でありながら、手に取る人と対話するような優しさを備えています。
今回は、取材に合わせてソージュをイメージした琥珀糖を制作していただきました。かすみがかった透明感が神秘的な和菓子は、4日間かけて慎重に作られたもの。
この和菓子への思い、仕事やこれまでの人生のこと、お話を伺うほど、坂本さんの柔らかな表情の奥から芯の強さが滲み出てくるのがわかります。そして、その感じにぴったりフィットするのが彼女のお気に入りのブラウスだということも。そんな坂本さんのストーリーをお届けします。
目次
28歳の時に見た夢が転機に
私は昔から人が作った枠に合わせる感覚が苦手だったようで、皆と同じように学校に通っていても毎日しっくり来ていませんでした。
大学で上京後、IT企業に就職してヒリヒリする状況に追い込まれた時、「やっと人生が始まったな」という感じになったのを覚えています。ただ、働きすぎて疲れてしまって。転職先でも会社に求められていることとのズレを感じ、これから自分の人生をどうしようか悩みました。
ちょうど28歳で結婚はまだ遠そうだしどうやら自分は会社員というスタイルも合わなそうだと。人生を賭けて楽しめるテーマが欲しくて、フランス料理や写真の勉強、興味があることは一通り手をつけました。
そんなある日、夢に出てきたのが和菓子でした。朝方にぱっと紫色の練り切りが出てきたんです。白と紫のぼかしが入っているような、何ともいえないグラデーション。これかもしれない!と思いました。自分らしく楽しめそう、という予感がしていました。
幼い頃は祖父母と一緒に住んでいて、お彼岸とお盆はお団子、お正月は母が作る水ようかん。子ども時代は当たり前のように兄妹みんなでお手伝いをしていました。それが原体験なのでしょうね。素材の香り、出来たての美味しさ、時間が経つと硬くなっていくこと。感覚的にですが、大事な本質は知っていたのだと思います。
感じたままを作品に落とし込む
いわゆる“和菓子作り”ができるようになっても、作品に落とし込むのは別の話。どうしてもオリジナルの和菓子を作りたいという思いで、自宅のキッチンで自分のレシピを開発し始めました。
今思うと、その3、4年間が一番重要な時期だったかもしれないですね。運良く、お茶の先生からお稽古や内輪のお茶会のお菓子を作ってほしいというご依頼をいただくようになりました。
毎回その時季らしいお題があって、一生懸命その場を想像しながら全力でお応えして。実際にお茶席にも入らせていただき、どんなお菓子が求められているかも学びました。自分の中での“いいお菓子”像が見えてきたのもその頃です。
たとえばお花見のお菓子をつくる時に、精巧に真似ても本物の桜には勝てません。本物が一番魅力的なのは間違いないと思います。だから私は、ひとつのフィルターとして、自分の感性を通すことに意味があると考えるようになりました。
好き嫌いの判断ではなく、感じたままの“印象”を大事にしています。個人的な感受性を出した方が、わかり合えた時の喜びも大きい。自然に共有できる感覚って結構多いと思うんです。
パンツスタイルへの苦手意識を解消した、理想のブラウス
ソージュのことを知ったのは、シンプルな服が多いと聞いて。私もシンプルが好きなので、気になってオンラインストアを見てみたのが最初です。割とすぐに目に留まったのが「ジョーゼットバックリボンフレアスリーブブラウス」。すごく自分に合っている気がして、代官山へ試着しに行きました。
まず惹かれたのは、繊細な表情のある生地。ひらひらした感じも上品で、袖の長さも短か過ぎず長過ぎず、肘が見えない程度。捉えどころがないシルエットにも見えました。
私はそういうのが大好きなんです。制限されることが苦手で、できれば布一枚を上手に自分の体型に合わせて巻いて服にしたいくらい。このブラウスは裾を出して着たときの感じもよくて、私のためにあるのではないかと思ってしまううくらい嬉しかったです。
以前はふわっとした白のワンピースばかり好んで着ていました。でもそろそろ動きやすい格好で仕事をした方がいい年頃だなと。
ちょうどいいバランスのトップスがなくてずっとパンツをはけなかったのですが、やっと見つけた感じです。今回初めてパンツスタイルで取材を受けました。普段はネイビーのタックパンツに合わせることが多いですが、今日みたいに淡いトーンで合わせるのもすてきですね。
“捉えどころのなさ”を表現した琥珀糖
この琥珀糖は、マットな透明感がソージュのイメージに近いと思って作りました。ソージュの服はベーシックながら、気の効いた可愛らしさがどこかに入っていますよね。ひとつひとつがよく工夫されているけれど、複合体として捉えどころのない感じが魅力だと思います。
色合いは安定感がありつつも、自分らしさが出せるネイビー。青の原色に補色の赤を入れ彩度を落として、紫にはならないぎりぎりのラインで温かみを出しました。色のグラデーションの表情が出るようにカットにもこだわっています。角度によってかっこよくも可愛くも見える服のイメージを意識してシャープになりすぎないように、“優しさのある角”を意識しました。
和菓子作りは工程が重要です。角のエッジをどのくらい際立たせたいかで、乾燥させる日数も微妙に変わる。最適なピークを見極めるのには経験が要ると思っています。
大体仕上げから逆算してスケジュールを立てますが、綿密に計画するのは会社員時代にコンテンツ開発の仕事で嫌というほどやってきたので慣れています。心配性なのもあり、いつも段取りをしっかり頭に入れてから臨みます。
一方で、仕上げの時に思わぬアイディアが浮かぶこともあって、最近は微妙な変化をつけることも取り入れています。もちろん完全に計画通りで均一性の高いものも良いけれど、自然なゆらぎのあることもまた魅力的なのではないかと。そう思えるようになったのは子どもが生まれてからかもしれないですね。
和菓子と子どもってすごく似ているんです。柔らかかったり、小さかったり、外からの影響が大きく、穏やかな愛情が必要で。「“今”という瞬間はここにしかない」というのを思い知らされもする。ある種の新しい真実が見えたというか、私を強くしてくれた気がしています。
人生の経験すべてに感謝して、お菓子に注ぎ込む
今、子ども向けの和菓子を開発しているんですが、それはハレの日の上生菓子ではなく日常で食べる朝生菓子。実家で触れていたお団子の世界に戻ってきている感覚なんですね。親子が安心できる甘さと素材で作る子どもの和菓子を作りたくて。日々の子育ての学びも生かしながらなので、まさに人生総力戦ですね。無駄な経験は一つもないなと、今しみじみ思っています。
私にとって相手の笑顔は大事な情報のひとつ。いつもそこを目掛けて和菓子を作っている感覚があります。人が喜ぶものを作りたいというのが、私の根源にあるのだと思います。
聞き手/文:中島文子 写真:浜田啓子
《Profile》
坂本紫穗
和菓子作家。オーダーメードの和菓子を作品として制作・監修。日本国内および海外で和菓子教室やワークショップ・展示・レシピの開発を行う。「印象を和菓子に」をコンセプトに、日々のあらゆる印象を和菓子で表現し続ける。
公式HP:https://shiwon.jp/