Interview Vol.2

アートイベント「The Fitting Room」を振り返る

アートが問いかける「自分らしさ」

SOÉJU(ソージュ)のブランド設立5周年を記念し、2023年10月20日から29日まで、ポーラミュージアムアネックスで開催した展覧会「The Fitting Room」。来場者数はプレビューも含め延べ約1000人、性別問わず幅広い世代の方々にご来場いただき、大盛況のうちに幕を閉じました。


本展覧会の企画・制作を担当したのは、クリエイティブスタジオ「Bangal Dawson」。クリエイティブ/アートディレクターの土田あゆみさんとクリエイティブディレクターの石川達也さんが中心となり、ソージュのフィロソフィー「I like the way I am.」を起点に「自分らしさ」を考えるきっかけとなる場としての「フィッティングルーム」を構想。その世界観を3つの箱(試着室)に拡張し、鑑賞者が能動的に触れ、感じることができるインスタレーションを制作しました。


今回は展覧会「The Fitting Room」を振り返り、「Bangal Dawson」の土田あゆみさん、石川達也さん、映像作品を演出した林響太朗さんにインタビューを行いましたので、その様子をみなさまにお届けします。

聞き手/文:中島文子 写真:中島良平

自分らしさとは何なのか。

- 試着室をモチーフとしたインスタレーション

展示風景より、Entrance: Choices of one’s own

展覧会の会場に足を踏み入れると、銀座目抜通りの賑やかな景色から一転、非現実の「The Fitting Room」の世界観へ。床は真っ青な絨毯が敷き詰められ、仄暗いライトと白壁が動線となり、鑑賞者を誘導します。布に覆われた服が並ぶエントランス空間を通り抜けると現れる3つのフィッティングルーム(試着室)。ひとつめは歪んだ鏡のある部屋、2つめは何層にも重なったカーテンがある部屋。そして最後の部屋で上映されるのは、映像作品「The Fitting Room」。改めて、本展覧会「The Fitting Room」で表現したかったものや実際に制作してみて感じたことについて、お話を伺いました。

展示風景より

ー「フィッティングルーム(試着室)」をアートにしたところがユニークです。どのように思いつかれたのでしょうか。

石川:「自分らしい美しさ」というような言葉が世の中に溢れていますが、結局のところ"自分らしさ"とは何なのかということに改めて向き合うきっかけをつくれたらと考えました。その中で、ひとつの強いモチーフとして試着室にたどり着きました。試着室は普通、ひとりの空間で自分の好きな服を選んで、それが自分に合うかどうかを試す場所ですが、自分自身と向き合いながら、新しい価値観や社会、理想と現実との関係性を体験する場として、その構造をうまく拡張していけたらおもしろいのではないかと思いました。  

ー今回のインスタレーションでは3つの試着室がありますが、その手前のエントランスから、異質な空間に入ったような感覚を受けますね。

土田:伝えたいメッセージは見た目の話だけではなく、より精神的な話だったので、いわゆるお店にあるような普通の試着室にはしたくないと思いました。カーテンと鏡があるという試着室としての基本的な仕組みは崩さずに、直感的に「普段と違う試着室なんだ」ということを伝えられたらいいなと思って、青と白だけで空間を縛るビジュアルをつくりました。


石川:エントランスでの「服を選ぶ行為」や「フェイスカバー」もそうです。試着室という一連の体験形式は崩さずに、そのひとつひとつを少しずつコンセプチュアルにずらしてつくっていきました。

ーエントランスでの「服を選ぶ行為」ですが、布に覆われた服がいくつも並んでいましたね。それぞれ様々な意味を表すテキストが描かれていましたが、美しい言葉だけでなく、多様な価値観が表れているのが印象的でした。

石川:「服を選ぶ行為」を通じて、人は生きていく上で意識的にも無意識的にもいろんな選択をしていているということを顕在化しています。あえて”孤独”を選んでる人もいるというように、美しい言葉やきれいごとだけではなく様々な選択が描かれています。例えば、ここに「satisfied」という言葉が書かれた服がありますが、最後の試着室には誰かが選んだ「unsatisfied」と書かれた服が壁にかかっており、全体の中でストーリーを演出するアイテムとしても機能しています。

展示風景より、Entrance: Choices of one’s own

展示風景より

ー土田さんは、展覧会コンセプトをアートで表現するのに、どんな点を工夫されましたか?

土田:最終的に3つの部屋をつくりましたが、それぞれメッセージ性は違っていて、ひとつめの部屋に関しては、自分の不確かさみたいなところを伝えたいと思いました。私たちは社会で生きていく上で見た目や細かいところを過度に気にしてしまいますが、でも意外に他人(ひと)ってもっと大枠で見て、ぼやけた形で捉えていたりするものかなと思うんですね。反転していたり、グネって曲がって見えたり、姿見を通して不確かなものに対面することで自分らしさの輪郭の曖昧さを表現しているのが、ひとつめの部屋です。

展示風景より、Room1: Nobody sees me right, even myself

展示風景より、Room2: Miles to the truth

土田:2番目の部屋に関しては、外側から自分の内面的なところに向き合っていく体験として、5枚のレイヤーからなるカーテンの部屋をつくりました。試着室のカーテンをめくると、そこにまた新しいカーテンがあって、さらに奥深くへと鑑賞者自身が潜っていく。1枚目は「社会」から始まって、「見た目」「偽り」「事実」そして「可能性」というように、それぞれのテーマをカーテンで表現しています。そして最後の布をめくると鏡があり、そこで自分と向き合うという設計です。


最後の部屋では、ありのままの自分について、少しの間座りながら考える時間をつくりたいと思い映像作品を展示しました。

自分の内側を顕在化するように変化していく試着室

展示風景より、Room3:Short Film”The Fitting Room”

ー映像のコンセプトやストーリーはどう着想されたのでしょうか?

土田:フィッティングルームという縛りだと、なんでもできてしまうんですが、その中で4人の全然違うキャラクターを映し出して、それぞれが抱えている他人には見せない内側の部分に呼応するようにフィッティングルームという箱自体が変化していくところを撮れると、新しくて面白い映像になるんじゃないかなと思いました。それぐらい、ぼやっとしたコンセプトと設定で、演出に関しては、林さんやスタッフの皆さんと一緒につくっていった感じですね。

展示風景より、Room3:Short Film”The Fitting Room”

ーコンセプトやストーリーを林さんが映像作品で形にするという、そのコラボレーションはどのように進められたのでしょうか?

林:「目的として何をやるか」を考えることが1番大事だと思うんですが、そこから多分2人も手探りで、僕も手探りで、全員で麻雀の牌を混ぜてるみたいな。すっとそろう瞬間になるまで、とりあえず混ぜてみよう、みたいなコラボの仕方でしたね。目的にどうやって応えられるかというのは、現場でみんなで即興劇をやってるみたいな感じでしたね。


2人がやりたいことはわかる。でも、それをどう表現しようかっていうのを結構話して、最終的に撮影の現場でも話しました。美術チームの人が、いまあるものとできることを考えて、やっぱり手作業でできないかと相談してやってみたりもしました。

展示風景より、Room3:Short Film”The Fitting Room”

ー静止画に切り取った時もすごく絵になる映像作品ですよね。

土田:林さんの作品は切り取ったときの絵も含めて全部かっこいいんですよ。今回に限ったことじゃなくて、全てにおいて、かっこよく構成してくれている。


林:アングルは大事かなと思っています。それは結構最初から、3人で喋ってたかもしれないですね。「これは鏡の内側の世界からの視点なのか」とか「何のアングルなんだろう?」というのはすごく考えてました。例えば、「この部屋に意識があったとしたら、どういうところからその人を見てるんだろうか」とか、鑑賞者の視点も色々考えてアングルを決めていきました。それを飛び越えて、手持ちっぽくクローズアップしてるのは、どちらかというとその人の感情を表現するために使っていたり。 止まってるのは割と鏡の視点で、客観と主観みたいな感じで分けて撮っていましたね。

展示風景より、Room3:Short Film”The Fitting Room”

ー林さんは、実際に今回のインスタレーションを体験してどう感じられましたか。他の部屋とのつながりの中で映像作品を見てみて、また想定と違って感じられることはありましたか?

林:やっぱり映像作品が最後にあることで、少しまとめているというか、投げかけている感じがしました。しかも、誰かにわかればいいぐらいの、 結構遠いところから総括している。「あ、こういうニュアンスなんだな」というのがムードとしてすごく伝わってきました。


インスタレーションを締めくくる「The Fitting Room」は約15分間の映像作品。他の2つの部屋で各々の時間を自由に過ごしていた鑑賞者も、自己に対峙する登場人物たちのストーリーに集中し、まるで空間と一体化したかのように、じっと映像に見入っていたのが印象的でした。おそらく体感として何らかの余韻を感じながら、会場を後にした方も多かったのではないでしょうか。


最後に本展は、アーティストやクリエイターの創造力が結集したコレクティブな作品であることに触れておきます。インタビューの中でも、制作過程で互いに発見や刺激があったことをお話しいただきましたが、そのような相互作用が展示全体の世界観をより奥深く拡張したのではないかと想像します。「自分らしさとは何か?」、その不確かさや可能性も含めて様々なヒントが提示されたインスタレーションでした。